日本三大祭りの一つに数えられ、7月1日から一ヵ月間にわたって京都が熱く沸き立つのが祇園祭です。
山鉾巡行が多くの人々の耳目を集めていますが、八坂神社の祭神を奉じた三基の神輿渡御(神幸祭・還幸祭)こそ、この祭のメインイベントであり、この神事に奉仕できるとこに我々は大きな誇りを持っています。

祇園祭は悪霊・疫病退散を祈って869(貞観11)年、当時の国の数に合わせた66本の鉾を立て、牛頭天皇を神輿に祀り神泉苑に送ったのが起源であります。
この神輿が現在のような姿で渡御するようになったのがいつ頃かは不明ですが、明治10年に刊行された『京都府地誌』には「毎年7月、八坂神社祭礼には此処(三条台村)の住民より神輿をかく與丁を出す。元禄以来今に変わることなし」と書かれています。
「三条台村」とは、二条城の周辺にあった村落で、この住民が「三条台若中」という組織(宮座)をつくり祭礼(清々講)に貢献していたということから、祇園会の神輿渡御に奉仕していたのだろうと思われます。明治22年には「清々講第三十一号神輿三若組」と称するようになりました。

錦神輿会が奉仕する「西御座」(にしござ)は、もとはこの三若組の奉仕でしたが、壬生組も戦後(第2次大戦)に解散となり、この頃活況を呈していた錦市場に八坂神社からの依頼があり、昭和22年より錦組(現・錦神輿会)が担当するようになりました。


屋根に鳳凰をのせ、八角形をしたこの神輿には御祭神・素戔嗚尊(スサノオノミコト)と垢神・櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)のお子様・八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)をおのせします。
現在はこの神輿に御神霊を遷し、氏子町内を巡幸して7月17日夜に四条寺町の御旅所へお迎えし、24日に御本社へお帰りいただきます。
八坂神社の本殿西側にお祀りすることから、西御座(にしござ)と申しあげます。



















